社会の裏と言いますか、市民団体?一強なのが良くないのではないか?と危惧しています。
社会の裏の人でさえそーで、自組織の内部で困ったとき、相談する他の市民団体がない。自分はですね、他の市民団体を建てて、一般人が、相談する相手が他にもいたほうがいいと考えます。多極化ですね。
自分らだけでは収まりがつかず、どーか手助けをお願いできませんでしょうか?
以前、他のところで書いたことがあるのですが、華の会という市民団体は、そんな趣旨です。
あれは、特定宗教、この場合は創価学会でしたが、それに所属する人が入れない、という趣旨でした。
ここは法的に認められるはず。他の宗教、例えば、真言宗は、他の宗派の人が入るのはおかしい。華の会は、市民団体で、創価学会は、入れない。宗教団体、市民団体、どちらも、法的なカテゴリーは同立です。ここに、信教の自由を言うなら、華の会は、信教の自由を主張できますよね。彼らと同様に、です。この場合は市民団体ですので、信教の自由とはちがうか。…うーん、市民団体だと違うのかなぁ…いけそうですけど。このことは、他の言い方をすると、彼らの信教の自由に対して、対抗できる方法の一つとして、同立の団体、という方法です。社会での立ち位置は同じ。
武士階級の市民団体とかもいいですよねえ。あるいは貴族院階級の市民団体。相談する相手がねえ…
危ない話ですね。避けようかなあ…
ああ…この議論ですと、悪い方になったときめんどうか…市民団体Aの一部が、社会の裏と結託…面倒ですねえ…
追記。
濁しすぎですねこの文章。はっきり言って、ヤクザのことです。
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