若いうち、陥りがちで、早いとこ気づかないと、中高年になっても気づかない。
自分のやりたいようには、やりたい。でも相手に対して配慮がないと気づいてない自分。
親に仕送りしてますか?しないとね?
自分が具合悪くなったとき、そーゆー、自分がほんとに危機のときは、誰かが救急車を呼んでくれる、と、無意識に信じて疑ってないでしょう?
でも、誰かが具合悪くなった現場に、自分が居合わせて、救急車を呼ばなければならないとき、自分は連絡しないんでしょう?そのときは、きっと、他の誰かが呼んでくれると考えるでしょう?だから、自分は連絡しないでしょう?
自分が具合悪くなったとき、居合わせた人が、自分のように臆して連絡しなかったら?自分のような人間はいるのです。だから、他人に、連絡しない性格の人もいるでしょう?その人が呼ばなかったら?
だから、今、目の前に、具合悪い人がいたら、自分が呼ぶのですよ。自分の番。世の中こーゆー時、きっと誰かが呼ぶのでしょう。今回は、自分の番。
世の中に大人という人たちがいて。
なにか、漠然と、大人というカテゴリーの人たちがいて、その人たちが、世の中を支配しており、なにか、あらがえばいいと考えて、無遠慮に、あらがっているでしょう?手加減なくやっていいと考えているでしょう?手加減なく当たっているでしょう?大きいですからね?
自分が具合悪いとき、みな、気を使ってくれるでしょう?立ってるのもつらいなら、流石に他人は気を使ってくれると無意識に考えて、疑ったことないでしょう?
それで、自分は?気を使うのですか?他人に?
大人だってつらくなったら、立っているのもつらいなら、自分と同じようにつらいんでしょう。だから、自分のときと同じように気を使ってあげないといけませんよね。大人だって人間です、とゆーのはこーゆーことです。子供の頃から大人は大きいですからね。なにかとしてくれますよね。大人はこーゆーことをするもんです、というのは、実は、無理して世話を焼いてくれているということです。自分で、他人に、世話を焼くことを想像してください。苦痛でしょう?自分らしさが重要な人だと、苦痛でしょう?喋らないのが、気兼ねなくていい、などと言ってるタイプの人は、気を使うのが苦痛でしょう?
家へ帰る。無言。挨拶なし。自分らしく。気兼ねない。この方がやりやすい。仕事がつらいから。
自分が相手の立場なら、こんな態度の相手、耐えられますか?相手だって自分らしく振る舞いたいはずですよ?苦痛でも、しないと。コミュニケーション。頑張るものなのです。こーゆーことは。頑張る系のことなのです。親しき仲にも礼儀あり。そーやって、家というコミュニティーの、和を保たないと。
いまさら、コミュニケーションとか取りづらい?もう、長いこと、会話してない…ですって?
なら、せめて、親に仕送りぐらいしなさいね。話がしづらくても、仕送りぐらいはできるでしょう?
子育てを一生懸命して、みな大人になりました。気づけば一人ぼっち。お金も入ってこない。…自分の人生は、なんなんでしょう?子供を3人も育てたのです。将来は、送金がたくさん来て、お金に困ることなさそう。などと。ところが、誰も訪ねて来ない。女性で、一人ぼっちで、お金もない。人生とは自分が主人公と、人は言います。でも、こんなことでは。
だから、毎月、送金しないとね。送金すれば、タクシーぐらいなら乗れるでしょう?相手の立場で考えて、行けるなら挨拶ぐらいは行きましょうね。
そーやって、親に対する配慮を考えると、結局、他人に対してもそ~なのです。赤の他人も、人間なのです。大人という、漠然と、ぼんやりとした、社会を支配している、向こう側にいる、手加減なく当たっていい相手ではないのですよ?配慮をね。
ここまで来たとき、そのときやっと、そんなに配慮とか言っても無理で…という話になるんです。人間は限界がありますのでね?この地平まで来ないと。この地平まで来ないと、頑張れと言われても無理で…とかの話にならないでしょう?してる人が言うことなんですよ、無理ですとかは。
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