美術に必要なことは、センスではないのでないか?自分は、いま、鉄則、と考えています。
美術に必要なことは、こーゆー場合は、こーゆー風にする、ということではないかと考えて、今メモをここに書いておきます。一言で言う言い方はないかなあ…と考えて、法則性?規則性?技術?…いやー、ちがうか?…鉄則。哲夢なら意味が通じるかな?
センスは、重要です。いいものを、いいものの見抜く力。
しかしこのことだけですと、法則性に至りません。だからばらつきがあり、いつも美しい…が作れないです。いつも美しい。いつもです。感覚に頼るから、鈍るとわからない。この国はそーゆー国です。
だから法則性が必要です。それで、美術は、こーゆー場合は、こーゆー風にしましょうという、鉄則を守り、発展させる、ということが重要ですという言い方だと、わかりやすいかもしれません。
こーゆーときは、こーゆー柄を利用する。こーゆー時は、ここに一本線を入れる。こーゆー美術で先人が培ってきた、美しさの鉄則を守る。そして積み上げ、発展させていく。そーゆーものが美術である。このように考えれば、とりあえず鉄則を守るので、大学で習ったことをするでしょう。そして、その範疇で、自分らしさをするでしょう。そしたら美しさが積み上げられ、どの部分を見ても美しさだらけになっていくでしょう。いかがでしょうか?
よーするに、美術とは、継承なんだと考えるのです。継承し、鉄則を守り、それを組み合わせていくと、西欧諸国の、壁一面に絵や、額縁のような線や、彫り物がギッチリ埋め尽くされても、バランスが崩れない、ゴチャゴチャにならない、遠間から見ても、バランスがとれてて、それを近くで見ても、絵が美しい、こーゆーことができるのではないかと考えます。
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