仕事が、自分の人生のメインである必要性はないのではないか?サブでいいのではないか?
自分という人を表すのに、仕事がメインである必要性はないのではないか?
仕事はサブであり、お金を稼ぎ、家へ帰ってからが、メインである、という考え方でいいのではないか?
しかしながら、仕事は円滑に、でもやりすぎず、モラルを守り、そーゆーほうが、仕事が回りやすいですよね。そのほうがメインたる、私生活で、あまり考えなくていいし、そのほうが良さそう。
きっと、この国の人にとって仕事とは、自分を表すステータス、自分そのもの、自分とは何なのか、そのものと考えているのでは?と考えます。メディアがですね?歌手とか、スポーツ選手とか、クリエイターとか、自分らしくとか、そーゆーことをいうので、そーゆースターではない自分は何なのか?ということになりますと、働いている先、今の仕事で、なにかこのー、イッパシにならないと、自分とは何なのか、そーなってしまいますので、なんの、自分はこの仕事のエキスパートであればいいんだと、そしたら、世界は違えど、自分とは、こーゆー人だと、言えますし。そーでないと、いま自分がしている、この、仕事というものを、能動的に受け入れるのは、なんなのか?このへんかなあと考えます。
でも、いいのでは?サブでも。仕事なんて、お金を稼ぐためのものですと割り切っても。
そーしますと、家へ帰ってからの、趣味に、自分の金をつぎ込めば良く、動画サイトで、自分のスキルを紹介している人のようになります。それはそれで、自分とは?ということになりますよね?
まーね、お金は大切にしたほうがいいので、散財しないようにしないとね。利口に振る舞わないと、先々のことを考えてね。考え方は賭け事と同じで、1億あったら、100万程度なら。100万しかなかったら、1000程度なら。
さてこの考え方ですと、定時がいいということになります。自分は提示がいい派の人ですので、この考え方を推します。
熱意がある人はいい。しかし、ない人に押し付けるのは、よくない。熱意がない人にとっては悲惨です。しかし生活を安定しなければならない。しかし熱意のある人にそのことを言うと、じゃあやめろ、とこのようになります。だから言わない。生活が安定しなければならないからです。大人の世界です。生活の安定のため、矛盾しているようですが残業を欲している人もいます。だから言わない。定時で帰れる物量に調整すればいいんです。定時を超えるようなら、残業ではなく、業務改革という方向ですればいいんです。増員とかね?
話を戻します。
先の考え方ですと、私生活に力点が行きますので、定時がいいということになります。
また、仕事は効率よく、あまり疲れないほうがいいということになります。
しかし、労働環境はいいほうがいいですよね?だから真面目に仕事をしましょう。そして、仕事にストレスなく。モラル違反は厳しく罰しましょう。全体の気分がすごくいい。
マンションの新築の、チラシを見たことありますか?自分はともかく、自分の見たことのない、どこかの世間は、こんな感じなんでしょうと考えませんか?世間というものは、こんな感じでしてるんでしょう。しかし、しかし、無いのです。だからあれが理想世界です。あそこへ行けばいいんです。自分がすればいいんです。
工場のドキュメンタリーとか、番組で見たことありませんか?人となりが、あーゆー風になればいいんです。世間はそ~してると考えるでしょう?しかしさて、どの世間でしょう?…そーです。自分がすればいいんです。そーして、一人ひとりが、そーゆーことを目指し、そーゆー風にすれば、世界がそ~なります。誰かがしてるんでしょう?人はそ~考えます。しかし、自分がしてないなら、誰かがして、くれる。してくれると考えている。
誰ががしてくれて、だから社会は、そんな誰かが、普通のことに社会をしてくれている。そーゆー風に、無意識に考えているんです。
そ~じゃない。自分がするんです。
そーやって、みなで目指せば、理想社会が現出します。