いま、動画を見ていたら、バスケットボールの、コント?をしていたのです。一人が、バスケットボール選手、もうひとりがボールの役。ボールの役の人は、スキンヘッドで、彼の頭が、バスケットボール。それで、ずっとドリブルすると、彼が頭を地面につけたり離したりすることで、ドリブルしているように見せるという、ジョークをしていたのです。
…ふと、見ていて気づいたのです。この人は、ずっと腕立て伏せをしている。ものすごい速さで。こんな回数は、人は持たないのです。だから彼はすごいのです。でも、気づかない。
気づかないのです。
ものに恵まれてる社会。あるもんだと、考えようともしない。
ここで、…はっ!と、気づかないということは良くないのではないのか、というか、ここは、警鐘を鳴らすべきことなのではないのか?と考えたのです。まだ、考えが、まとまってないです。
橋や道路は、もとからあるものだ。なんで作られたか?この問いさえ、考えないものです。なんで?って疑問に考えたことがありますか?
彼は仕事がうまいです。うまいから誰もなんにも言わない。気づかないからです。なんで仕事がうまいと言わないの?
なんで学生の自分は生きてるんでしょう?父母が支えているからです。働いていないからわかる訳はない。
わからないのはいいのか?気持ちというより、人の賢さ?には、このベクトルはあるのではないのか?そっちですね。ジョークなんですよ、バスケットボールの役の人。腕立て伏せをしながらボールがはずん出るように見えるような演技。モンのすごく強いのです。たぶんね。
なんで、こんな重労働をさせるのか?泣いてるでしょう?自分ができるからいいというわけではないでしょう?
なんと言えばいいのか、まだ、考えが、まとまってないです。良くないのではないのか?気遣いもそうですけど、頭の良さのことではないのか?過去の、哲学者とか、えー…ことわざ?みたいな、賢さのことではないのか?えーと、言い方が違うか。賢くないから、気づかないから、優しくないのではないのか?えー…考え中。
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