折に触れて、自分は、人間とは自分の脳内から脱出できない、ということを言ってます。
キジは自分の、このー…こころ?があるからキジが鳴く、という趣旨のことが、仏教のどこかの宗派だかが言っているとかを小耳に挟んだことがあります。
さて。
しかし自分は、それはそーですが、自分の意見としては、キジは、自分なんていなくても、鳴く、という立場です。そーゆー意見の人ではあります。
先の立場は、世界は物語である、という立場です。
でも、自分の立場は、そーはいっても、なんか釈然としない…という立場です。客観的な立場。他の人だって、自分と同じように、自分が主人公の物語の中で生きている。
先のは、量子力学的な立場で、観測したときに、世界がある、という立場です。
でもなー…観測してなくてもあるんじゃないの?というのが自分の立場です。なんか釈然としない。皆さん生きてるんですよ?おかしいですよねえ?
でも自分の脳内から脱出はできない。相手のことはわからない。わかろうとするから我々は言葉を発明しました。
キジは、自分がいなくても、山あいに、カセットテープをおいて録音しておけば、勝手に鳴いているのが、録音されると考えますよ?
まあ、そーゆー世界設定の物語という考え方で、考えることはできますが…少し複雑過ぎでは?他の人も自分と同じように生きている…と考えるほうが、シンプルなのでは?…などと、少しゴネて言ってます。
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