人生が満たされており、困ることはないなら、プライムを目指さなくても、召使いでも構わないのはあります。幸福で、自分の人生、周囲の環境に満足しており、友達とも仲良く、不安はなく、割と自由で、家族も幸福で、将来も安泰で、それなら、実は召使いで構わないのはあります。
この国は、プライム…よーするに、頂点を目指すような、風潮があります。しかし、それは現代のみです。この時代だけ。
今が満たされており、困っていることがない場合、頂点を目指して競うことを、する必要がないです。競争社会だから、そーなのです。
領主が、人柄がいい人で、食べ物に困らない、休暇は多く、したいことはできる。友達ともうまくいっていて、マイナスの意味での困ることがない。それなら、召使いでも構わないです。抑圧されているわけでもない。給料は月に100万。
年間休日は、180日。一日労働時間は、6時間。
この考え方は、人の、幸福とは何か?ということを突き詰めて考えていくと、この考え方はある、ということを言ってます。
他には、漁業や農業。競う必要がないです。満たされているなら…です。食事には困りませんし。国家体制さえ関係ありません。…そーなのですか?国家体制が、変わったのですか?自分たちは、ここてみ漁をしていても?…そうですか。ならいいです。
…それだけ。周りが変わっていく。自分たちは、昔と変わらず、相変わらず漁をしている。すごく強いですよね?それで、幸福とは何でしょう?
人は食事があれば生きていけます。古代人でもいいんです。では、何が足りないでしょう?そーですね。服とかです。テレビとか。車とかです。だから分業して、キミはこの仕事を専門で、してね?となります。あくせくして働いている理由は、このためなんです。服とか、テレビとか、冷蔵庫とか、家とか、そーゆーのがある方が、そーゆー社会のほうがいいからです。それがある社会のために、走って仕事をしています。…アホらしい…
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