継承。自分の下の立場の人を育成する、ということ。
このことは、欠落すべきではないことがあって、それは、自分の弟子が、弟子の弟子に対しても、自分と同じように、教えなさい、と、弟子にいうということをしないといけないということです。
そーしないと、弟子の代で、廃れるかは、弟子が、自分の弟子に、君が弟子を取ったら、彼にも教えるんですよ?といった方がいい、と、弟子が考えてくれるかどーか、という弟子の性格、資質に左右されます。
ですので、弟子に対し、自分が弟子を取ったら自分の弟子に教えるように。ここでは足りない。
自分が弟子を取ったら、自分の弟子にも同じように教えなさいと伝えなさい。ちがうかな…
自分が弟子を取ったら、自分と同じように教えなさいと伝えなさいと言いなさい。うーん…弟子の弟子で廃れそうかな…
自分が弟子を取ったら…えー、なんて言えばいいでしょうか?
弟子には、自分の弟子に、今まで教えたことを代々伝えるよう、口伝してつなげと伝えなさい、この文章を弟子に言う。ここまでが口伝すべき内容です。こーかなあ…
ちなみにこの考え方に照らし合わせますと、口伝と言いますが、テキストとしての書籍はあっていいことになります。むしろあった方がいい。
ここが上手くできると、末永く続きます。
自分のマネをしなさいと弟子に言って、マネをさせるのは、一間議論と離れているようで、実は続きそうですね。多分弟子も、私の真似をしなさい、と自分の弟子の弟子に言うでしょう。そのまま弟子も、言われるでしょう。技を盗め、盗んで学べ、というのは非合理的に見えて、実は継承に適しているようです。
あるいはインストラクティブ。教育者という区分を作る。このようにしても、継承は続きそう。パスするまで育てる。
言葉ですると、この事を一言一句外さずに伝えるように、といったところで、その言葉が古語になると、意味がわからなくなりそう。でも、一言一句外さずに伝えて、意味はわからないけど慣習化しそう。
…うーん…答えが出ないですね。会社組織に合うやり方を考えないと。マニュアルは、いいことなんですけどねえ…
現代は、我々人類が破らなければならないような発展すべきことは、科学技術より、こーゆーことではないかと考えていてですね。
一代で廃れるんですよ。今、第二次大戦から、80年。継承、維持とは?という時代に差し掛かっています。ここを乗り越えた文明が、その先へ行くのでしょうか?平和な時代の、しかし有名な治世者をなんで歴史で学ぶのか?
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