お年寄りが、家で、内職ができたらいいかなあ…それで、ノルマではなく、出来たところまででいい。
お金がなく、自分の子供も、仕送りなく、それだと困るでしょう?それで、バイトへいくと、年寄だと体力がないからとかいう、よく考えてないでものいうやつ居るでしょう?現代社会は、仕事していないと生きていけないのに、年寄だと仕事できない場合あるでしょう?最終手段がないのは厳しいものがありますよね?自分は、全然構わない派です。働きたいならどーぞ、です。遅くても、まあ、その分自分が頑張ればいいから、あんまりどっちでもいいです、という考え方で。
それで、内職を、出来たところまででいい、ってのがあるといいですよねえ?体に無理をして、すこしでも仕事をして、お小遣い程度でも稼げれば、生活費の足しになりますもんね?一日、1000円とか、内職で稼いで、食費がすこし浮いた、とかでも、ずいぶん良いです。1時間分の、内職を、2時間かけて、頑張ってして。それで、1000円浮かせて、そーゆーのでもあれば、いいですよねえ?なにかこのー、個人個人の、善処?に、この国のシステムは委ねすぎていて、しないやつなんて知らねーよ、に根ざしすぎてるかなあ…と。家にお金入れない息子?知らねーよ、そりゃお前の家が悪いんだろう。育て方が。それはそ~だけど、それをいったら、その人お金は入るの?言ったところで。起死回生の手立ての間口が開いてないなら、若いときと違うんです。年取ったら働く権利が。頑張りの世界じゃなくなる。
関係ないけど、法令で、40代までしか雇わないでいい、という法令がありますけど、あれは何でしょうかね?いくつになってもチャンスがある方がいいですよね?自分が50、60になっても、自分の頑張り次第で、起死回生があるチャンスの扉が開いていると、たとえ大きな事があって、転んでも、まあ、頑張り次第で人並みに生活が立てなおるような社会だと、まあなんとかなるかという安心感があります。
生活費が稼げないと、生きていけない世界。ですので、平均値を取るのではなく、最低ラインを基準にとる考え方の方をするべき。この事を考える際のアプローチを、平均値を基準にではなく、最低ラインを基準にとるアプローチ、こっちの考え方のアプローチをするべき。何でも平均値で考えるべきではない。
最低ラインが、生活費を稼げる起死回生が、できる社会が、最低ラインであるという形であるべき。もう少しかな?お金なんですよ。それで、それを自力で、人生最大級の頑張りをすれば、なんとかお金を稼いで立て直せる、それがいくつになっても出来るという最終手段があれば、最後の手があれば、…ねえ?基本的人権の尊重。
女性のこともそーです。子連れで離婚して、生きていけるのか?まあ、母子家庭の補助金が出るそうですが…頑張ればなんとか出来る土壌に立ってるのは、若い成人男性だけ、というシステムなんですよね現代社会。