美しいですね。香港だと考えられる街並みの動画を見ています。素晴らしいですね。ネオンの看板が、縦に、ひしめくように建ち並んでいます。自分のところも、このようなところがあればいいのになあ…
さて。
お気づきですか?
縦の看板。縦書きできる言語を持っているのは、中国と、日本だけですよ?
なんで生かさないのでしょう?うまく活かすとかっこいいはずなのですが?中国のように。
日々、考えついたアイデアを書いていきます。学がないので推測が多く、すいませんがそれを踏まえて読んでくださいね。もちろん学術的な裏打ちがあることも書いてあります。
美しいですね。香港だと考えられる街並みの動画を見ています。素晴らしいですね。ネオンの看板が、縦に、ひしめくように建ち並んでいます。自分のところも、このようなところがあればいいのになあ…
さて。
お気づきですか?
縦の看板。縦書きできる言語を持っているのは、中国と、日本だけですよ?
なんで生かさないのでしょう?うまく活かすとかっこいいはずなのですが?中国のように。
仕事ができても、嫌な人は、才能があってもお断り。
才能が、皆さん多少劣っていても、団結力で、なんとかしますので。才能があっても、嫌な人はお断り。
いい人とまでは言いません。自分だって欠点はあります。だから、いい人とまでは言いません。できるだけ選り好みをせず、無口で人とのコミュニケーションが下手な人でも、まあ、いいじゃないですか。仕事が遅くても、人並に仕事をしてくれれば、それなりには頑張ろうとはしてくれれば、まあ、いいじゃないですか。
でも、嫌な人はお断り。
自分の上の世代で、才能ある、立派な地位の、しかし、嫌な人、いたでしょう?どのように考えますか?そーですよね?いつか、勝ってやるんだ!勝って、そいつを追い出すんだ!きっとそのように考えるんだろうと考えますよ?
なら?
なら、あなたが才能がある、仕事ができるから、だから嫌な振る舞いをするなら、それが、自分が強いから、だから自由を手に入れたのが理由だと、力があるからいいんだという振る舞いをしたら?
それなら、嫌な人、なら、お断り。
才能なくても、他の人たちだけで、地道にやります。なんだというんでしょう?嫌な人が、才能があっても、一緒にいても気分が悪いだけです。
でもこの論理は暴論になりますのでね?なるべく、いい人がいい、とまでは言わないようにしましょう?できるだけ、それを言わず、なるべくどんな人でも受け入れましょう。受け入れることがつらくても、せめて、かかわらないようにしてでも、その人がいるのを許容はしましょう?
それでも、腹に据えかねる人はいます。そーゆー嫌な人は、たとえ才能があっても、立派な地位にあっても、お断り。
才能が多少劣っていても、他の皆で、団結力で、なんとかします。人に恵まれなかったら、それでも、自分一人の力で、なんとかします。ですので、きみは解雇です。協力者がいなくても、自力でなんとかします。人に恵まれなかったら、そのようにします。
残業するのが、大人らしい大人というなら、それが一人前の大人というのなら、野球観戦へ来ている人は、大人ではないということになります。社会とはそーではないですよ。社会とは、そーあるべきではないですよ。
残業みなしてるだろ?残業するのが、一人前の大人ということを言う人がいます。しかし、それがそーですと、サッカー観戦へ行く人は、大人ではないことになります。きちっとしてない、だめな大人ということになります。
そーしますと、誰が行くの?となります。
さて、実際には、大人が行くんですよ?そちら様の大人論は、おかしいのではないでしょうか?
仕事忙しくてヘトヘトなので旅行へ行けない…度合いのことです。実際には大人が行くものです。
いいんじゃないでしょうか、20代そこそこの若い人が、自分のお金で旅行へ行ったって。そのほうが大人らしい風格が備わりそうですが?
粉末系工場は、どーしても真っ白になりますよね?
さて。
もう、この際、大胆に行きます。
天井すべてを、巨大天井ファンにして、空調で吸い込む。指示書が舞い上がる!…というのは言いすぎですが、天所すべてが、空調ファンで出来ていて、ものすごく吸い込むのです。おそらくチリも積もらないです。粉末そのものを吸い込んでもしょうがないので、そのへんは調整。まあ、それは起きないとは考えます。このくらい大胆にやれば、なんとかできそうですがいかがでしょうか?
底辺と見下されないために、競争社会における、正攻法で、勝つ。
自分で、会社を作ってしまうのです。それで、大手の、大会社みたいなシステムを敷くのです。大会社と同じシステム。生活サイクルが、仕事サイクルが、大会社と同じ。それなら大会社みたいですよね?おなじで、給料も同じなら、実は新進気鋭の会社でもいいのです。
この場合、実は大会社もそんなにいいわけではない・・とかは考えない。イメージで考えます。理想的な大会社は、こんな感じなのだろうなあ、きっと、と考えます。
具体的には、全員、定時で帰るのです。残業はしない。なるべくです。
福祉を充実させる。福利厚生。休日日数を140を越えましょう。
あくせく働かない。しかし規律には厳しく。人を増やして対応。しかしルールには厳しく。規律を守らせます。休憩はきっちり取らせます。それで、月収30万以上。
なんででしょう?大手企業みたいだからです。
残業しろよという人がいますが、厳しい言い方ですが、なんで、底辺同士で足の引っ張り合いをするのでしょう?自分が残業しているのですから、キミもしなさいよですって?違いますよね。大手企業みたいな環境。こっちですよね?良好な環境。就職してよかった、と考えられる環境。大手企業みたい。こっちです。
雇われる側の立場ですと、こんな会社は、たとえ小さくても理想です。それで、仕事も、衛生的で、きちっとしていて、しかも、しかもなんと!スーツ着用。面倒ですか?出退勤はスーツ。しかしですね?出退勤だけでもスーツですと、一人前の、立派な企業に通勤していると、他人は見ますよ?自然、誇りのある人物のような感じになります。
自分で会社を作るのもいいです。その際、上記のような理想的な会社へ育てることができればいいんです。
新卒の人がですね?やめても、他の就職先があるなら、泣いて喜ぶ人もいるんですよ。やめたくてもやめたら負けなので。そんなところはやめちゃって、他のところへ再就職をして、そっちのほうが幸福でした。ざまあみたか!そのほうがいいんですよ。そーゆー社会のほうがいいんですよ。自分に合わない会社ならやめちゃっていいんです。でもやめても、ね?・・・なら、いい会社を作って、やめても、うちがありますよ?と。何も硬いことなんてない。
新卒主義を、ぶっ壊してやればいいんですよ。跳ね返って。…ああっと、少々乱暴な言い方になってしまいました。すいません。
工場の場合は、大きな道路沿いであること、トラックが出入りに不自由しないこと、従業員の自家用車を止めるスペースを大きく作ること。ここを守れば、まあ失敗しなさそうです。それで電車の駅から遠くなければ、さらにいいです。
大きな道路沿いなのは、トラックによる取引ができるからです。トラックが出入りに不自由しなければ、トラックが停車できます。はみ出したり入りづらかったり、しない。自家用車の駐車場が有れば、車通勤の人を募集できますので、広範囲をカバーできます。今の時代、駐車場なんですよ。ここを抑えるのです。
従業員は、パートを雇い、徐々に正規社員へシフトしていく。正規社員になりたい主婦が居たらそれでもいいですし。新規の中途採用の人を積極的に正規社員にして増やしていきます。パートの人を大切にしたいところ。そーゆー姿勢のほうが世間から好まれますよね?マツナギみたいに考えたくないです。
調べてないから、考えついたことを先に書いておきます。
部屋割り表記もいいけど、平米毎、坪毎単価系計算の方がいいと考えますがいかがでしょうか?
以前から言っている、都会の問題点、この払拭のために、どーしても、部屋数は4Kが、必須です。4LDKの方がいいですが、最低限、4K。都会はここを、一般的な最低ベースと、なんとかしなければならないです。
しかし、部屋の大きさは、実は3畳でも、かまわないのです。こーゆー視点で考えますと、坪毎単価、平米毎単価で、金額を決めるほうが妥当ではあります。
…ええ、以前書きました、都市問題のことです。部屋数は、どーしても、キッチン、プラス4部屋。都市問題が、消滅していきます。ここが最低ベース。最低ラインをここに設定。もう、ここは、国策として考えるべきと個人的には考えています。
ああ!この言い方がありました。
この国は、学歴社会です。
詳しく書きますと、高学歴の学校へ入学すると、卒業直後の就職先に有利です。最も有利な企業に対しては、おそらく、大学卒業直後に就職するという方法以外での、就職方法は無いです。転職で就職することはおそらくほぼ不可能でしょう。そーゆー国です。
学歴そのものよりも、この、高学歴で、卒業後すぐに就職ができるよう、在学中に就職活動を兼ねて、活動しておき、卒業後すぐに就職ができるようにする、という国です。このとき学歴が高いほうが好条件に恵まれます。収入がいいです。そーゆー結果を出した人が、お金持ちになります。そーゆー国です。
学歴が高いからって、それで威張ったら言うことを聞いてくれるわけではないです。社会的に偉いというわけではありませんが、学歴社会ですので、学歴を言うと、素晴らしいとは言ってもらえます。また、いい会社へ入れます。
破る方法。
まあ、大きい見方で、破る方法はありますね。
大きい見方ですと、自分で会社を起こし、福祉の充実した欧米の好例を見習った会社を自分で経営する、という風に、理想系を自分で作る、というやり方ですね。自由競争、資本主義、の理想的な覆し方です。
自分で、今働いているところと似たような会社を作り、より理想的な環境で経営する。
お互いを称えるとは?
少し考えたのですが、自分をたたえてくれる人がいたとします。功績を。その人が、君のアイデアはすごいですねと、言ってくれたとします。
現代人の男性はどのように答えるか?…そーですね?…そんなの当たり前だ、と答えます。
しかし、そーではなく、よくお気づきですね、そーなんですよ、このやり方素晴らしいでしょう?このように答えるとします。そーしますと、気づいた彼を自分がたたえることになります。気づいた彼は素晴らしいことになります。気づいた素晴らしい彼に讃えられた自分は、さらに素晴らしいことになります。
権威ある彼に、素晴らしいアイデアを理解された自分は、素晴らしいことになります。
彼は一定の権威ある人物であるということになります。
自分は権威に、一定の名誉を認められたことになります。
…うーん…考え中。
仕事は、仕事ができる人が重要なんです。というより、仕事を真面目にする人。
仕事には、この仕事はどんなことをする仕事なのか?というのがあります。その方向へみな顔を向け、そちらの方向へ前進する。こーゆーことが重要です。
仕事はコミュニケーションという人がいます。度が過ぎて、コミュニケーションが上手ければいい。下手だとだめ。…いえ、下手だとだめって…それは言いすぎでしょう?コミュニケーションが下手でも、真面目に仕事をしていれば、出世させるのです。昔はそ~でしたよ?
例を。
消防士のことを考えてください。コミュニケーションがうまくて、で仕事が下手だと、火消しの仕事がおろそかになるでしょう?本質からそれていくでしょう?コミュニケーションがそんなにうまくなくても、火消しの仕事を真面目にやってくれていれば、火消しの仕事という、本質から遠ざかることはないと、直感的にわかるでしょう。どんな仕事でもそーです。この仕事は、こーゆーことをする仕事で、そちらへ向かえばいいんです。団結力のことではなく、顔の向き、方向性のことです。豆腐屋なんですから、豆腐を作ればいいんです。豆腐を作るなら、いいものを作ろうとすればいいんです。
コミュニケーションが、うまくないから弾く…などは、暴論です。
ただまあ、コミュニケーションを大切にしない人は、仕事ができても、こんな人無しで仕事をするから、そんな人は遠慮したい、そーゆー考え方はあります。才能があっても、才能が他の人が劣っていても、自分たちだけでするから結構です。何が悲しくて、陰鬱な気持ちで、仕事しなきゃならないのか?才能あるから?必要ありませんお帰りください。
寡黙でも、コミュニケーションを大切に。だから、挨拶ぐらいはきちっとしたほうがいいですよ…と、世間が言うのです。その程度でもしてくれれば、彼は寡黙ですが、真面目に仕事をしていて、挨拶ぐらいはするのですから、まあいいじゃないですか…と、言いやすいです。
雑用系が主に仕事の場合、ワークストックという考え方を考えつきました。
いま、仕事は空いてますか?
いま自分は、ワーク2です。
このように言うのです。ワーク2は、仕事を2つ頼まれているということです。大抵の場合、ワーク1か、ワーク2程度のストックでしょう。ワーク2だと、この人に頼んでも遅いので、他の人を探すでしょう。
胸に、カードをつけておきます。表はグリーン、裏はレッド。ワーク0のときはグリーン、ワーク1以上は、レッド。そーやって雑用を受けているかを表示するというのもいいかなぁ…と考えてます。…ああ!しかし、仕事を受けていない状態は、あまり起きないかなぁ…。
海外の町並みを動画で見ていて、アジア諸国でも、美しいんですよ。建物が。ホテルとかが、美しいんですよ。
それで、この国はなにかこのー、なにかが足りないような気がします。
それで、こーゆー建物のような、景勝地のような、こーゆーことに必要なことはどんなことか?と考えますと、芸術であろうと考えます。芸術を磨くには何が必要なのかと考えます。そーしますと、色々ありますよね?少し考えたのが、興味、勉強、探究心。
さて。我が国では?
…なんでも、気概です。ガッツとは、根性とは、気合とは、よーするに、気概です。
それでですね?そーじゃなくて、こーゆー場合は、…えー…ビーチパラソルの色が、赤いですね。それはなぜですか?こーゆーことに気づき、興味を持つこと。そして作った人に聞く。頑張るぞーという気概はいいけど、そ~じゃなくて。
この、そ~じゃなくて、こっちの考え方ですよ、というのが、それぞれの仕事の時、それぞれ言う言い方があると、気概はいいけど、そ~じゃなくてね?こーゆーことを、頑張らないと。このように言うことができます。
言うことができて、相手に説明できると、相手は、そーゆー方向を目指します。目指したらいい方向へ、彼を誘導しやすくなります。
なにかこの、気概があるという方向を目指すようにすると、なにか、昨今は、本質からそれていってるような気がします。
…うーん…考え中。もう少し自分の意見がまとまったら、加筆なり、新しく文章を書くとかをします。今回はメモということにします。
監督は自分が考えるシーンを、会話の間隔とか、セリフの抑揚とか、そーゆーことを、理想を持っていて、そのように自宅で作っているであろうと考えます。その表情ではなくて…とかですね。だから演技指導をします。そして自分の理想へ近づけます。きっとそのようにするのでしょう。
さて、しかし、監督は、それをすべてのシーンで、自分の思い描く映像の理想が、明確であるわけではないと考えます。要所だけです、きっと。
そーゆーとき、役者の技術が生かされます。なんとなく、こーゆーシーンで、まあ、わーっと、してほしいんですよ…などと注文するであろうと考えます。このとき、技術のある役者は、監督の指示した演技をそつなく、それもすぐにできます。いつも練習しているからです。素人ではそのようにはならない。
きっとそーなんだろうなと考えてます。
昨今の疫病対策ではないですが、囲いがある方がいいですよね?
来店して、同僚と目があって、やあ!と挨拶をしても、席に座れば一人になれる。こーゆー感じがいいですよね。それでしたら、むしろそれを狙って、お店をそのように作って、入りやすくしたらいいかもしれないですね。お店側が積極的に、そーゆー作りを予め目指しておく。
みな、休憩中は、一人になりたいものです。なら、むしろ、店側がそれを積極的に目指しておく。売上が上がりますよね?
ついでに席毎にタイマーをおいておく。休憩時間の目安。帰る時間にアラームがなるよう、自分でセット。時間が来たらアラームがなります。
Bir afet önleme aracı olarak bir afet jakına sahip olmaya ne dersiniz? Molozu bir kriko ile kaldırın. Kriko, arabaya yüklenen ve lastik değiştirmek gibi şeyler için kullanılan bir şeydir. Elmas şeklindeki bir ekipman parçası. Küçüktür ve bir mengene gibi, küçük bir kuvvet büyük bir kuvvet üretebilir. Bacağınız moloza takılsa bile bir kriko ile iki santimetre yukarı kaldırırsanız kurtarabilirsiniz.
How about having a disaster jack as a disaster prevention tool?
Lift the rubble with a jack.
A jack is a thing that is loaded on a car and used for things like changing tires. It's a diamond-shaped piece of equipment. It is small, and like a vise, a small force can produce a large force. Even if your leg gets caught in the rubble, you might be able to get it out if you lift it up two centimeters with a jack.
芸術とは?ということの一側面として、芸術とは、コミュニケーション、情報伝達の手段である、と、自分は考えています。
芸術とは、相手に自分の考えを伝える手段である。
似たようなメディアに、文字、というメディアがあります。言語、言葉です。
絵画は、言葉のように、言葉を使わずに、自分の考えを伝える手段である。表現。言葉以外で、自分の考えを表現して、相手に伝えるための手段である。こーゆー側面があります。
ファッションモデルは、痩せすぎではないかと考えますがいかがでしょうか?このようなことを以前、提議しました。
身長が180とかですと、男性より重たい体重でもスリムのはずでは?しかし、先入観から、体重だけ聞いて、重いねえ…という印象だけで言っている可能性があります。
さて。
このことについて、少し調べたのですが、いい情報が見つからないのです。
そこで、自分で考察しました。そしたら驚くべきことがわかりました。
身長と体重の比率で割り出せば問題が起きないような、先入観がありますが間違いのようです。
例を。
10cm✕10cm✕10cm = 1kg
このように定義します。比率で高さが、10倍になると、縦横も比率で10倍にならないとおかしいので、
1m✕1m✕1m = 1000kg = 1t
この重さになるはずです。
しかし、先の身長と体重の比率という考え方なら、
1lg ÷ 10cm = 0.1比率
0.1比率 × 100cm = 10kg
このようにしかならないですね。数学の詳しい方、合ってますよね?多分このやり方では、理想の体重は導き出せないですよね?
災害用ジャッキというのを、防災用具として、完備するのはいかがでしょうか?
瓦礫を、ジャッキで持ち上げるのです。
また、テコの原理になるよう、でっかい釘抜きみたいなのとか。
手動の、ジャッキつきの人力フォークとか。…まあ、ジャッキが必要な災害ですと、タイヤが転がらない可能性はありますが、あってもよさそうです。…うーん…携帯に不向きかな?遠くへ持ち運びできないか。
ジャッキというのは、車に積んである、タイヤ交換などに利用するあれです。あの、ひし形の機材です。小さいし、万力のように、小さな力で大きな力が出せます。瓦礫で、足が挟まっても、ジャッキで、2センチ持ち上げれば、足が出せるかしれません。
広いほうが美しい…という手法は、現代建築には似つかわしくないですよね?
美しいんです、広いと。
しかし、それは、一部の裕福な階級が、この道以外は利用しない、という前提だからしたらいいのです。
しかし現代は違う。多くの庶民が利用します。そーすると、広いほうが美しいということを、みなでしだします。そーしますと、不便です。遠いんですよ。美しいけど。
広いと美しいですと、遠いんです。距離が。
一つの商店へ行くのに、100メートル歩くのは遠いんです。細々と商店がある方が近くて便利なんです。片側何車線もある道路を横断。広い前庭。巨大なビルの端から端まで。建物の中だから自転車には乗れない。とにかく遠いんです。
建築を考える上で、古来から現代までと、現代との、決定的な差があります。
モバイルです。乗り物。
建築の外観の、美観を考える上で、この、乗り物という概念を度外視すべきではないと、普段から考えていて、どのようにしたら美しいかなぁ…と、考えています。
なぜなら、現代は、庶民の多くが自分の乗り物、車や自転車などを持っているからです。だから建物の前に止める。この駐車場という概念が、古来は、無いのです。馬の納屋はありますが、大多数の庶民が乗り物を持っているというのは、納屋とは話が違います。
スーパーの前に駐車場があり、隠れるのです、車の後ろに。それでも美観を損ねないようなデザインを考えるべきです。
創始者は、その組織の設計思想において、重要だからこのようにした、ということがあります。やりやすいからこのようにしたのです。上手くいくからこのようにしたのです。しかし、創始者は、想像の外のことがある可能性があります。
後任、意志を継がぬ者。
創始者は、自分がいるから機能しているのであって、自分がいないと、他のものだと、改変したがる可能性があります。創始者の、その意志を継がぬ者ですと、まず重要性がわからない。また、ある程度わかっていても、自分流に変えたい。
仕事の意義。理念。それに沿ったところは破壊しづらい方がいいかもしれません。どれをどーゆー気持ちで作ったらうまく行くと考えたのか?要所は、押えたほうがいいかもしれませんね。
都市部の人口が多くなると、国全体の人口のうち、都市部の人口の割合が大きくなります。
投票の結果が、都市部の意見に片寄ります。
人口のうち、7割の人間が都市部に住んでいますと、その十倍くらいの面積に住んでいる、地方には、3割しか住んでないです。
そーしますと、地方のことなどわかるはずもない、都市部の人たちだけで国政の判断をすることになります。
少し考えただけでも、地方の発展を考える人が、国政に、全くいない状態に陥る可能性がありますよね。生まれてから、都市部しか見たことがないからです。考えた方がいいなどとは、そもそも考えない。そーしますと、地方の発展がないがしろになる、国の発展を考えないのは、国益に反することになりかねません。
また、人口密度的に、小さな区画で、一人、立候補。20区画で20人、立候補。地方は20区画と同じ広さで、一区画。一区画でひとり立候補。こーゆー状態になり、こんなに広いのに、民意を背負ってたつ議員は少数派になります。
きっと共産主義ですと、土地が広い開発したいところへ、たくさん人材を送ったりするのかも。
議会でも、8割方が都市部議員とかなりそうですね。人が住んでいるのは都市部ですから、必然そーなります。
株は、普通の商品と違い、経営に介入できるという特性があり、普通の商品と同等の扱いをするべきではないのではないかと考え中。調べが足りないのですが、株主は、普通の商品と違い、経営に介入できるという、少し大きめの権利を有します。ですので、その権利に対して、一定のルールを設けて制限をかけないと、よくないのではないか?健全な経営を心がけるという、義務ぐらいはあるのでしょうか?義務であるべきですね。
お食事シート。
ハンバーガーを包む、包み紙。あれを、お弁当や、おにぎりを買ってくれた人に、サービスで渡します。折りたたんであって、オフィスで、開くと、おぼん?トレー?の代わりになる、お食事シート。デスクに、食べ物がこぼれません。多分、ハンバーガーの包み紙よりもう少し大きいほうがいいでしょう。
信長は、身分に関わらず、有能な人材を抜擢していたと逸話に聞きます。
この国は、それがない。
評価するってことは、引っ張り上げるということです。採点するという意味ではないです。
地位、ポストを与える。評価とはそーゆー事をするという意味です。
点数をつけるという意味ではないです。
透明の、ビニール傘に、黒で、アール・ヌーヴォー調の模様を入れたらかっこいいですかねえ…?
アール・ヌーヴォーとは、この場合は、動物や植物をモチーフに、模様などを作るという、芸術様式です。欧米において、印象派などが台頭したころ、日本の芸術に感化されて、動物や、植物をモチーフとした、彫像などが流行ったとか、たしかそんなだったかな?アール・ヌーヴォーは、多分この国には合う。
神社神道だとシンプルすぎる。しかし仏教系芸術だと、特定宗教に傾倒することになることを嫌う国民性から、おそらくしないでしょう。
我が国の現代の芸術、デザインは、細やかさが全く足りない。しかし、古来からの伝統芸術が、上記のような理由で扱いづらいなら、アール・ヌーヴォーなら、細やかなデザインができそうなのですがいかがでしょうか?
高い山の上に遺跡がありますよね?ロマンティックで素敵です。
しかし、真面目に考えるとあんなものは不可能です。食べ物がないからです。どのように実現したのか?水だってないですよね?
水はわからないです、貯水槽でもあったのかなあ?山の頂上ですよ?
食べ物は?下から持ってくるのでしょうか?やってられない気がしますよね?
しかし、食べ物に関しては、少し答えになりそうな、それらしいことが考え付きました。
輸送業です。輸送業で、賃金が出る。雇用が起こります。このシステムがあれば、自分たちは何もしなくても、ベルトコンベアで自動的に荷物が運ばれるのと同じことになります…ゴホンゴホン、失礼。
よーするに、文化が発展して、輸送業による雇用という、概念があると、できそうです。
道の整備も必要でしょうけど、この輸送業という概念でできると、山頂の都市は、安全ではあります。
大人のための、ビジネススクールなどの学校は、教習所形式を採用してはいかがでしょうか?
単位を取るための授業を、予約制とするのです。このようにしないと、昨今の世間はシフト制が多く、学ぶ意欲があっても、仕事があるから、学校へ来れないので、願書を書くことができない人が、ほとんどです。
ネットや、電話などで、あるいは、学校で端末で、予約できる日を調べて、空いてる日で、シフトで休暇の日に、自分で予約を入れるシステムなら、仕事がある社会人でも、意欲があれば通うことができます。大変ですけどね。全く来れないのとは違う。
予約がなかなか取れないかもしれませんが、長い時間をかけて、ホントなら3ヶ月でいけるはずの授業を、1年半かけて、とれた。きっと泣きますよ?自分は頑張った、と。
北朝鮮サイドとしては、豆満江…でわかるのでしょうか?豆満江は、治水のために、土手を作ったらいかがでしょうか?川の、氾濫を防ぐために、高い土手と、テトラポットを川においたらいいのではないかと考えます。航空写真しか見れないのですが、見たところ土手はあるようですね。…わからないんですけど。治水のために、高い土手にして、川沿いにテトラポットを置いて、氾濫を防ぎ、広い平地を安全にするといいのではないかと考えます。中流、上流域は、山ですのであまり氾濫については、そんなにでもなきかもしれませんが、下流域は、平地で、せっかく農業に向いている土地ですので、治水に力を入れたらいいと考えます。
そしたら、用水路でも作って、畑を発展させたら、いいですよね。
それと、我が国では、海岸線に、防波堤を築いています。そーゆーこともしたほうがいいでしょうね。ここの辺は詳しく調べてみないとわからないですが。
靴は、推測ですが、おそらく文明の発展と密接に関わっていると考えられます。
だって、考えてみてください。消しゴム程度の大きさの、石が転がっているとして、裸足で歩けますか?そんな石がたくさん転がっているところを裸足で歩くのは不可能です。
枯れ枝がたくさん転がっている森。素足で歩くのは不可能です。靴がないと、いくら昔は足の裏が、硬かったんだとしても、そんなには無理だろうなと考えています。
…うーん…、言い過ぎかなあ…足の裏が硬いと歩けるのかなあ…なんか不可能な気がするのですが…
この二人の逸話は、不可思議なことが多く、色々言いたいことがあるのですが…
先程気づきました。かれら、国が違うのです。ゴッホは、オランダ人。ゴーギャンは、フランス人。言葉が違うから、今ひとつ意志の疎通ができてなかったのかもしれません。考察は、省きますが、彼らの逸話を、聞いて、おかしいなあ…と考えている自分としては、この、言葉が違うから意志疎通ができないということが、ポイントなのかもしれないと考えました。
彼らが、うまく行かずそれぞれの道を歩むことになりましたが、そのわけについて、喧嘩別れなど、憶測が飛び交いますが…言語が違うから、意志疎通ができなかった、ということはあまり取り上げられないですよね?
Your foot cannot exit to this cawl. Even if you want to avoid the rain, this kind of design is unacceptable. Do you get to stop when it is r...