このブログを検索

2023年1月11日水曜日

考え中、新しい考え方、当然と考えるのは良くない

 いま、動画を見ていたら、バスケットボールの、コント?をしていたのです。一人が、バスケットボール選手、もうひとりがボールの役。ボールの役の人は、スキンヘッドで、彼の頭が、バスケットボール。それで、ずっとドリブルすると、彼が頭を地面につけたり離したりすることで、ドリブルしているように見せるという、ジョークをしていたのです。

…ふと、見ていて気づいたのです。この人は、ずっと腕立て伏せをしている。ものすごい速さで。こんな回数は、人は持たないのです。だから彼はすごいのです。でも、気づかない。

気づかないのです。

ものに恵まれてる社会。あるもんだと、考えようともしない。

ここで、…はっ!と、気づかないということは良くないのではないのか、というか、ここは、警鐘を鳴らすべきことなのではないのか?と考えたのです。まだ、考えが、まとまってないです。

橋や道路は、もとからあるものだ。なんで作られたか?この問いさえ、考えないものです。なんで?って疑問に考えたことがありますか?

彼は仕事がうまいです。うまいから誰もなんにも言わない。気づかないからです。なんで仕事がうまいと言わないの?

なんで学生の自分は生きてるんでしょう?父母が支えているからです。働いていないからわかる訳はない。

わからないのはいいのか?気持ちというより、人の賢さ?には、このベクトルはあるのではないのか?そっちですね。ジョークなんですよ、バスケットボールの役の人。腕立て伏せをしながらボールがはずん出るように見えるような演技。モンのすごく強いのです。たぶんね。

なんで、こんな重労働をさせるのか?泣いてるでしょう?自分ができるからいいというわけではないでしょう?

なんと言えばいいのか、まだ、考えが、まとまってないです。良くないのではないのか?気遣いもそうですけど、頭の良さのことではないのか?過去の、哲学者とか、えー…ことわざ?みたいな、賢さのことではないのか?えーと、言い方が違うか。賢くないから、気づかないから、優しくないのではないのか?えー…考え中。

0 件のコメント:

コメントを投稿

Your foot cannot exit to this cawl. 足がカウルから出ない

Your foot cannot exit to this cawl. Even if you want to avoid the rain, this kind of design is unacceptable. Do you get to stop when it is r...