マス・メディアは、受ければいいということではない。
結論を言いますと、えー…啓蒙活動、こーゆーことは、いつも変わらず言ったらいいことを言うのです。
マス・メディアの番組作りはおそらく、飽きるんです。制作サイドのほうが、飽きることがある。もう、流行ってないとか。
しかし、流行ってないで捨てていいものではないこともある。
作ってるサイドだと、作ってる自分が飽きる。時代が進んで、マス・メディアというものを、長期的に運用すると、どのようになるかの情報ノウハウが蓄積されました。
でも啓蒙活動…交通安全とかですね?あーゆーのは時代は関係ない。流行り廃れは関係ない。自分が作るのが飽きたとかは関係ない。
マス・メディアが、初めて現れたとします。自分たちで番組のアイデアを考えたとします。そしたら、アイデアの中に、啓蒙活動なども入るだろうなと考えます。
マス・メディアを有効に利用するなら、万民のために有意義な、交通安全を訴えるなどのやり方が有用であるという側面の考え方もあることでしょう。
マス・メディアが発生してから、随分年月が経ちました。色々問題点があるかと考えます。
自分の個人的な意見としては、カレーライスの作り方。いつものように、鉄板の、揺るぎないこと。有名な観光名所は?京都、奈良。当然のことを当然のように言う。
飽きたから、飽きただろうから、トリッキーな、変わったところをプッシュしようと、メディアが推す姿勢は、ともすれば、その、当然のように有名なことが、廃れかねません。教科書にも乗ってる、全国民の共通認識が、ぶれかねない。共通認識があって、日常会話があって、話題があって、人の輪があって、…うーん、うまく言えない…
そーですねえ…三大庭園の名前は?
年をとってる人は、スッと、言えるでしょう?
若い人は言えないんです。学校で習いますけど。
番組で、当たり前のように教科書の知識を。言えばいいんです。こーゆーことは飽きたから、とかではないです。
年寄りが飽きたからと言っても、若い人、子供にとっては新鮮です。だから言えばいいんです。
考え中。
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