いま動画を見ていて、50年前に銅山の廃村になったところだそうです。
このー、言葉でごまかされがちですが、よく考えますと、廃村が50年前なんです。銅山が開いたのは何年前でしょうね?
わからないんです。
仮の話とします。仮に、150年前に銅山が、開いたとします。そーしますと、建築物は江戸年間に建造された重要文化財の可能性があります。でも人がもてはやさないと、リフォームするなり取り壊すなりしたらいいような、あばら家にしか見えません。
50年前に廃村、言葉の妙です。
さて。
国や地方自治体は?
彼らの立場ですと、こーゆーことはきちっと管理しないと…などと言われても、わかるわけない。
ここで。タイトルです。
国や地方自治体は、自分たちの仕事が、市民から要望があるケースと、無いケースに分かれるという、車速と言うかスローガンみたいなことがあると良いと考えますがいかがでしょうか?
このケースの場合、地方自治体は気づかなければならない。なぜなら市民が要望してくるとは限らないからです。ならどのようにしましょう?なら、自分のところに部署を設置しますか?それもいいです。しかし、すぐに枯渇する可能性はあります。そーゆー物件は限りがある。でも無いのは違う。ここで部署が必要という考えに難色を示すのは、部署を設置するのは恒久的に、自動的な処理を要するからで、限られてるのに自動化が必要かというところでなにか違うか?という感じでしょうと考えます。他の件は?この考え方では他のケースに対しては最初からです。
ですが、この銅山のケースは部署は必要かも。なら、多様なケースに対応する考えは部署ではなく、スローガンならいいかなと。スローガンだと、最初から自動化するかなあ…と。この仕事とは、地域と市民の発展と快適な暮らしに貢献するのが仕事。地方自治体は利益になりますのでね?それで、快適な暮らしを求める際に、市民からの要望があるケースと無いケースがある、と、教え込みます。気づきが必要。自分で気づかなければならない、市民からの要望がないケースはあるんです、という考え方を浸透させます。それだと部下の人が言いやすい。このケースは、要望がないケースでは?こちらの積極性が必要なケースでは?このように、言うことができる。言える言い方があるってのはいいことです。
…うーん…まだ考え中です。もう少しかなぁ…
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