現代芸術は、体育館とか、地下街の入口とかなら、現代アートの絵画を置くと、似合いますよね?それならそーゆーところに作品をおいてもらえば良いですよねえ?彼らの稼ぎにもなりますし。
さて。
そーですと、芸術家の立場ですと、お金持ちの方や、地方自治体、国の方などに作品を見てもらうほうがいいでしょう。
また、お金持ちの方や地方自治体、国の方は、こちらは、考え方として、芸術を芸術と見るより、カードと見るようにすればいいですよね?体育館に飾る現代アートを、Tシャツの柄が人と同じだと気まずいように、様々な芸術家の作品で、多様性がある程度ある方がやりやすいです。ですので、カードと見る。なんとなく、現代アートのほうがしっくりきますよね。
この考え方をしますと、芸術家の人数が、ある程度たくさんいてもいいという感じになります。ある程度ですけどね。彼らのチャンスに、仕事になります。彼らはお金を稼げます。現代アートが、バッチリハマる、いい好例のケースです。
そーなりますと、ときおり、芸術家の作品を見に行って、芸術としてというより、カードとして、この人ならいいかなぁ…という見方はできます。
作品に求められるのは、いい作品かというよりも、長期的に見るものですので、疲れないか…ということを見ることになります。部下の部署の人に定期リサーチしてもらってもいいので、展示会などを見ておくほうがカードが多くていいです。
伝統芸術の、ブロンズ像なんかは、公園なんかいいですねえ。地域の総合公園なんかに、リアルな人物の、ブロンズ像なんかを建ててもらえば、公園が美しくなります。伝統芸術の、リアルな銅像や、ブロンズ像などは、そーゆー風に発注してくれれば、彼ら、この芸術家の仕事にもなり、お金が稼げます。お金が稼げれば生活ができます。ニケとかいいなあー。
ホテルのロビーでもいいかな?その辺はわからないですけど。
さて、この考え方をする際の注意点は、地方自治体の方や、国政の方や、お金持ちの方が、尊大にならないということです。彼らをカードとしてみるという考え方。な~んでもいいんだ…なーんて。こんな考え方に陥る可能性がありますもんね。後進の方にもそーゆーふうには、言ったほうがいいでしょうね。
芸術家のほうもそーです。彼らの発注があるから、生活費が稼げるので。自分の才能を鼻にかけることを自重し、発注してくれることに感謝する考え方をしないと、へそ曲げて総スカンされてしまうと、街で画廊で売るだけになります。仲良く持ちつ持たれつをしていかないとですね。
自分は落書きがてら、絵を描く際に、抽象画を描くことが、しばしばあり、コンポジションや、ダダイズムなどを描いたりもします。現代アートは、似合うところはないかなあ…ということが、たまたま気づきまして、昔の人は、きっと気づいていたから、公共施設に採用していたんだろうなと考えます。実際、油絵ですと、体育館には、少し濃いですよね。現代アートですと、あっさりしています。
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