日本人にとっての料理というものは、という考え方に、反論をしたいのです。
日本人にとって、料理というものは、手間暇をかけるもの…この考え方ですね。こんなわけないのです。
料理とは、手間暇かける、こんなわけはない。
料理というのは、手間がかからないほうがいいのです。
かからないほうがいい。
美味しければです。美味しいなら手間がかからないほうが、料理としてはいいのです。毎日3食作るのです。作ってられないでしょう?でも生きるためなので、人は何らか料理を作らないといけない。だから手間は、かからないほうがいい。独身の人?自分で作る手間とか、覚える時間とか面倒だからコンビニで買うんでしょう?わかってるじゃないですか。お母さんはすごいんですよ?
新鮮な食材を利用する。ここも、おかしい。
料理とは、冷蔵庫の発明以前は、保存食の利用や、旬の食材の利用が主体。冷蔵庫や、ビニールハウス栽培など、近代文明の恵まれた技術に囲まれた、恵まれた状態でしかできないことを、一般常識として基本においても、応用力が無いから、しょーがないです。少し不自由になると、一瞬で滅ぶ文明。ダメですよねえ?
料理とは素材の味が大切。
ここはもう、すごくおかしい。料理とは、魔法です。おいしくない原材料なんて、過去、たくさんありました。それを、おいしくする工夫。工夫こそ料理です。
美味しくないけど、食べれる食材。それを、いかに美味しくするか?この工夫こそ料理です。
以前言いましたが、料理の美味しさと、文明の発展とは、密接に関わっているというのが、自分の持論です。
山中にテントを張り、しばらくそこで採れた食材で、生活するとします。食べれるけどマズくて食べれたもんじゃないものばっかり取れる場所だと、テントでの生活は、長続きしないと、考えませんか?あなたなら早く帰ろうと、考えませんか?
ところが、とれる食材が、おいしいものばっかりだったら?…そしたら、あなたはここで生活するのも悪くはない…と、引っ越しを考えたりもするでしょう?
だから古代の人間だってそーだったに決まっています。ですからそーゆーところに文明は作られたであろうと推測します。
まして、マズくて食べれたもんじゃない食材を、スパイスなど、旨い味付けで、美味しくする方法が発明されたら?…そしたら引っ越し候補に挙がりますよね?昔の大名などの領主の中には、ですからそれを研究した人もいるでしょう。庶民階級が、潤い、村が発展するからです。
美味しくする方法の発明。ここが、料理そのものです。料理とはそーゆー側面があります。
手間隙かけるのは、レストランが、家庭では無理な事を、専門特化したら、こーゆー物も作れます…という、セールスポイントでは?あるいは大量購入で、価格を抑え込むとか、そっちでは?まあ、腕前が売り文句とか、そーゆー、セールスポイントのことで、料理とは、手間暇をかけるもの…、という意味ではないです。
脱線しますが、日本料理とは酸っぱいもの・・・・というのは、あれは本当ですかねえ?酸っぱいものが好みではないので、なにかこのー・・・ひょっとして、嘘では?自分はあんまり食べられないんですよ、好みではないので。
もう一つはてりやき。甘辛い。それは日本料理ですかねえ・・・・?なにかおかしい気がします。ここも自分は好みではないんですよ。好みの和食は、まあ、うどんそばとか卵とじ丼とか。まあ、少々甘辛いと言えば、甘辛いですけどね?まあでもねえ・・・という感じ。魚はあんまり好みのものはないですね。マグロ、カツオ、ブリ、サンマぐらいでしょうか。きびなごの天ぷらとか。すっごい美味しいけど・・・・日本の魚料理は、あんまり言わないほうがいい場合があって、漁獲量が少ないものだと、流行しても困るわけですよ。ここは、商業主義のコマーシャルしたほうが売れ行きがいい・・・ということとは違う考え方をしないと。漁れなくなっても困りますのでね。だからあんまり言わないほうがいいかもしれません。
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