少し見ました。宗麟という人のようです。
なんか、キリシタン大名の人らしいです。
この頃の、最近の研究で、宣教師の目的は、ゆくゆくは、欧州が、この国の占領まで考えていた風の事を言っている、文献が発見されたとか言う話を聞いたことがあります。
しかし。
この、宗麟という人は、ポルトガルの宣教師の方に、大筒をもらっているのです。大砲ですね。ここを見たときに、ああ…しまった。と考えました。
こんなものをプレゼントするということは、戦うつもりが無いという意思表示の可能性はあります。だってこんなの与えたら、自分たちが船で来たときに、撃たれますもんね。結構な数をもらったようなことを言っていたような気がします。数をもらっているなら尚更です。先の文献がこのことと関連あるかはわかりませんが、そーゆーご時世だったか、それとも仮にその文献の内容そのものが、その宗麟のところへ来ていた、宣教師のグループが言ってたなら、のらりくらり方便を言っていたのでしょう、となりますよね?そ~しますと、彼ら宣教師は、自国に対してウソを言っていた、となります。そーしてでも、両国の友好を目指す方向で動いていた、となりますよね?まあ、彼らは文献は関係ないかも。詳しくないから即断はできません。
しかしながら、大筒、大砲ですね。それをくれた宣教師は、どの可能性でも、いずれにせよ、少なくとも、友好的であった…という可能性はあります。大砲をプレゼントすると、自分たちが、船で来づらいのに、その危険を推してでも、プレゼントしてくれたんですから、友好的でありたいと考えたから、ということではないかとかんがえます。
まあ、大筒は、ポルトガルの、技術力や、武力誇示の可能性はあります。どーせ作れないでしょう?ポルトガルは、強いんですよ?という意味の可能性は、まあ、あります。しかし、数を多くくれたというのなら、その場合まあ、友好的である可能性は大きいです。数を多く、くれたがはうろ覚えだから、確証はないのですけど。
このあと、江戸時代に入り、鎖国体制へ入りますが、ポルトガルとは、貿易をしていたと聞きますが…なにかこのー、関係あるというのは軽率ですが、想像してしまいますね…彼らはいい人たちだからと、言って、それで貿易を続けましょうということになったりとか…
そうだ、一つ言い忘れていました。
このポルトガルの宣教師の方、それと、そのクルーの方たち。彼らは、勇敢です。
占領のなんのと言ってますが…彼らからしたら、他の国に、少ない人数で来てるわけですから。こーゆー場合、国として物事を考えてしまいがちですが、人間とは個人です。クルーの個人的な立場で考えると、実に勇気が必要です。
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